秋田犬/風の記憶 秋田 大館

秋田犬(あきたいぬ)は,アジアスピッツ系の犬種でマタギ犬を由来とした大型犬”秋田マタギ犬”が祖先とされている。
秋田県北部に多く”大館犬(おおだていぬ)”と呼ばれた時代もあったようだ.

秋田犬
秋田犬秋田犬

江戸時代から明治時代にかけて,純血系の秋田犬は一部の狩猟犬や番犬として残るのみに激減.
大正時代には秋田犬を守る保存運動が高まり,1931年(昭和6年)には優秀犬9頭が天然記念物に認定された

2004年米国の研究チームが犬とオオカミでのDNAを比較した調査で,世界の85種類の犬種の中で秋田犬は柴犬とチャウチャウに次いでオオカミに近い犬種であることが判明.

秋田犬

秋田犬保存の世論が高まり,1927年(昭和2年)5月には、大館町長らによって”秋田犬保存会”が設立され,翌年,東京に日本犬保存会(秋田犬,北海道犬,柴犬,甲斐犬,四国犬等の保存を目的)が設立された.
同時に秋田犬復興への取り組みはいよいよ本格的化.
1931年(昭和6年)7月,9頭の優秀犬が”秋田犬”として国の天然記念物の指定を受けるに至ったようだ。

秋田犬 秋田犬
 
(2017/10)

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白神ブナ林/風の記憶 秋田~青森

白神山地は、秋田県北西部と青森県南西部にまたがる山地。
人為的影響をほとんど受けていない世界最大級のブナ林が原生し,多種多様な動植物が生息自生するなどの生態系が保たれていることから,1933年(平成5年)12月に世界自然遺産に登録された。
今回は十二湖散策コースを歩いてみた.

白神ブナ林白神ブナ林 

ブナの原生林はさすがに見事だ.

白神ブナ林白神ブナ林 
ブナの原生林の間には,”青池”など,青インクを流し込んだかのようなコバルトブルーの池が点在している.

白神ブナ林白神ブナ林 
道すがらこんなお出迎えが・・・
豊かな生態系が保たれていることを実感する.

(2017/10)

田沢湖/風の記憶 秋田

田沢湖

田沢湖は,秋田県仙北市にある直径は約6km,最大深度は423.4m(日本第1位)の雄物川水系に属する淡水湖で,爆発的噴火によるカルデラ湖との説が有力.
日本百景にも選ばれており,水深の深さのため,差し込んだ太陽光は水深に応じて湖水を明るい翡翠色から濃い藍色にまで彩るといわれている.

 田沢湖田沢湖 田沢湖

田沢湖は,辰子伝説でも有名.
泉の水をがぶ飲みして龍の体になった辰子と八郎潟の八郎がやがてめぐり合って夫婦になったというもの.
田沢湖のほとり神成村の辰子は類い希な美しい娘であったが,その若さと美しさを保ちたいと願い,大蔵観音に百夜の願掛け.
観音様のお告げにより,山深い泉の水をがぶ飲みしたところ喉の渇きが激しくなり,狂奔する辰子の姿はいつの間にか龍へと変化.
報いを悟った辰子は田沢湖に身を沈め,主として暮らすようになる.
一方,八郎潟で龍へと姿を変えられた八郎太郎は,いつしか田沢湖の主辰子に惹かれ,辰子もその想いを受け容れて八郎は辰子と共に田沢湖に暮らすようになったというもの.

田沢湖田沢湖

湖の北岸にある御座石神社には、辰子が竜になるきっかけとなった水を飲んだと言われる泉がある。

田沢湖田沢湖 田沢湖

(2017/10)

名古屋 駅西/風の記憶

大門~駅西銀座界隈 

名古屋 駅西名古屋 駅西
名古屋 駅西
名古屋 駅西名古屋 駅西
名古屋 駅西
名古屋 駅西

名古屋市名村区の通称”駅西”は,戦前,中村遊郭を中心に風俗店,飲食店なが立ち並ぶ商業地域として賑わった.
同時に”赤線地帯”でもあった.
だが,1957年(昭和32年)の売春防止法の施行に伴い赤線が廃止され,中村遊郭も姿を消すと共に,街全体が衰退していったようだ.

近時,名古屋駅周辺の再開発,リニア中央新幹線計画などの影響により,駅西に新たな飲食店などが出店するなど,再び活気を取り戻しつつある.
喜ばしいことだ.

駅西のよいところは,今でも戦前昭和から続く名古屋の下町風情に触れることができるところだ.
そこここにその面影が残っている.
(2015/9)

ハトの”ピー太郎”/風の記憶 名古屋

ピー太郎
”じょばんに”と”ピー太郎”~夕日のシルエット
  
ピー太郎が名古屋の”じょばんにの家”のベランダに来るようになったのは何時のことだったろうか.
転勤で名古屋に来て2年目の春のことだったから,2013年4月ころのように思う.
ある休日の昼下がり,ベランダに置いた椅子に座ってタバコを吸っていると,一羽のハトが飛んできた.
ベランダの手すりにとまると,そこを離れなかった.
人なつっこいハトだった,

翌日から朝来るようになった.
次の日も来た.
毎日来るようになった.
休日には,朝も昼も夕方も来ていることがわかった.
彼を”ピー太郎”と名付けた.
彼が雄だと分かったのは,時に雌らしきハトを連れてきたからだ.

いったんやってくると,一向に飛び去ろうとしない.
餌を欲しがっているように思えた.
そんなことをしたら妻には叱られそうだが,単身赴任の身.
米をやった.
ピー太郎は,頭を大きく上下に動かして美味しそうに食べた.
以後,朝は毎日米をやった.

ピー太郎
ピー太郎ピー太郎 
ピー太郎は,面白いハトだった.
話しかけると,頷いたり首をかしげたり・・・
おどけてみせたりもした.
約2年間,,ピー太郎には癒やされた.

いやそうではない.
”ピー太郎”はいつも”じょばんに”に語りかけた.
”自分が想うとおり.もっと自由に翔び続ければいいのだ”と・・・
”ピー太郎”に勇気づえられたのだ・

名古屋を去るにあたり,そんんことも知らずに毎日やってきたピー太郎に言い聞かせた.
”高丘に知り合いが住んでいるから,腹がへったらその人の家のベランダに行け”と・・・
”その人は,妻と同様,ベランダに来る鳥が嫌いなので,追い出されたらじょばんにの住む横浜まで飛んでこい”と・・・
ピー太郎に理解できたかどうかは定かではないが,頷いて理解したように見えた.

今,ピー太郎はどうしているのだろうか・・・
腹を空かしていないだろうか・・・
不慮の事故にあってはいないだろうか・・・

いつものように自由に空を飛び回っていればよいのだが・・・

(2015/7)

盲導犬”サーブ”/風の記憶 名古屋

盲導犬”サーブ”

盲導犬”サーブ”/風の記憶盲導犬”サーブ”/風の記憶
盲導犬”サーブ”/風の記憶

名古屋栄の久屋大通公園地下鉄の入口の脇に.盲導犬”サーブ”の像がある.
サーブは,おそらく日本の盲導犬の中では世界的にも有名な一匹であるのだろう.
しかし,渋谷駅の”ハチ公”と違って,サーブの像を待ち合わせ場所にする人はほとんどいない.
そのことが前から気になっていたのだ.

サーブは,1977年(昭和52年)4月生まれ.中部盲導犬協会(名古屋市)で訓練を受けたの雌のシェパード.
1982年(昭和57年)1月,当時の岐阜県郡上郡美並村の国道156号で主人を誘導中に、雪でスリップして突っ込んできた車に体当たりして主人を救った勇気ある盲導犬だ.
サーブは,重傷を負い左前脚を切断.中部盲導犬協会に引き取られたが,1988年(昭和63年)6月,老衰のため11歳で死亡した.
自分のためではなくて.他者のために,自分より遙かに大きくて強いものに,到底かなわない相手に体当たりしていける人はどれだけいるのだろうか,

サーブの活躍は,盲導犬への自賠責保険の適用を認める法改正,各国における盲導犬の普及など,世界的に大きな反響を呼んだ.多くの書籍が出版されているほか,アニメ映画化されている.
元々サーブ像は名古屋駅前にあったが,JRセントラルタワーズの建設に伴い,2003年(平成15年)に現在の場所に移設されたようだ.

それにしても,現在の場所は良くないように思えてならない.
何も遮る物のないサーブ像は,その前で立ち止まる人はほんとんどなく,夏の炎天下にさらされ,冬の伊吹おろしに凍えているように思えるのだ.
この像の近くを通るたび,そう思っていた.
彼女を尊敬しているからだ・・・

交通死亡事故死全国ワーストワンを続ける愛知県.
サーブはこれをどう思っているのだろうか・・・
(2015/8)

風の記憶

北風/風の記憶

IMG_4207.jpg某所/名古屋にて

>wherever you are/ONE OK ROCK cover by Uru

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四季の風景時計/風の記憶
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